まんが日本昔ばなし 芝山努の作画回・美術回とかと、絵柄のこと
日本昔ばなしにおける芝山努の個人名義での演出回は全60回あるようですが、その中で彼自身が作画や美術まで担当した話数を放送順に記載しています。[1]
■:演出作画 ■:演出美術 ■:演出作画美術
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(1974年 3月2日 「ど根性ガエル」 かんかんアキかんの巻、8月31日 びっくり!!コン虫採集の巻放送)[2]
(1975年 10月6日 「元祖天才バカボン」放送開始)
■ お月さん金の鎖
放送回:0076-A 放送日:1977年03月19日
演出:芝山努 文芸:沖島勲 美術:芝山努 作画:芝山努[3]
■ みょうがの宿
放送回:0085-A 放送日:1977年05月21日
演出:芝山努 文芸:境のぶひろ 美術:芝山努 作画:芝山努[4]
■ 神さまの鬼退治
放送回:0086-A 放送日:1977年05月28日
演出:芝山努 文芸:境のぶひろ 美術:青木稔 作画:芝山努
[5]
■ みやこ鏡
放送回:0091-A 放送日:1977年07月02日
演出:芝山努 文芸:境のぶひろ 美術:芝山努 作画:芝山努
[6]
■ おさん狐とめで鯛
放送回:0098-A 放送日:1977年08月27日
演出:芝山努 文芸:沖島勲 美術:芝山努 作画:シンエイ動画
[7]
■ 米かみ石由来
放送回:0132-B 放送日:1978年04月29日
演出:芝山努 文芸:沖島勲 美術:芝山努(青木稔) 作画:芝山努
[8]
(1978年12月16日 「ルパンvs複製人間」公開)
■ 大食い和尚
放送回:0262-A 放送日:1980年11月08日
演出:芝山努 文芸:久貴千賀子 美術:福井のり子 作画:芝山努
[9]
(1980年3月15日 「ドラえもん のび太の恐竜」公開)
■ 嫁田の話
放送回:0289-B 放送日:1981年05月16日
演出:芝山努 文芸:沖島勲 美術:門野真理子 作画:芝山努
[10]
(1981年9月7日 「新・ど根性ガエル」放送開始)[11]
■ 白狐の大芝居
放送回:0309-B 放送日:1981年10月03日
演出:芝山努 文芸:沖島勲 美術:門野真理子 作画:芝山努
[12]
■ おしどり塚
放送回:0309-B 放送日:1981年10月03日
演出:芝山努 文芸:沖島勲 美術:門野真理子 作画:芝山努
[13]
■ やせうま
放送回:0309-B 放送日:1981年10月03日
演出:芝山努 文芸:沖島勲 美術:門野真理子 作画:芝山努
[14]
■ カメになった爺さん
放送回:0309-B 放送日:1981年10月03日
演出:芝山努 文芸:沖島勲 美術:門野真理子 作画:芝山努
[15]
(1983年3月12日 「ドラえもん のび太の海底鬼岩城」公開)
■ ねこの盆踊り
放送回:0400-A 放送日:1983年07月09日
演出:芝山努 文芸:平見修二 美術:門野真理子 作画:芝山努
[16]
■ 雪姫・紅葉姫
放送回:0403-A 放送日:1983年07月30日
演出:芝山努 文芸:沖島勲 美術:門野真理子 作画:芝山努
[17]
■ からいもと盗人
放送回:0403-A 放送日:1983年07月30日
演出:芝山努 文芸:沖島勲 美術:門野真理子 作画:芝山努
[18]
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全部いいのだけど、特にお月さん金の鎖、白狐の大芝居、ねこの盆踊りがすき。また、ここに載せていない演出のみの話数も見ておきたい。彼のコンテはもうラフ原になっていて、シートもついてるらしい。 [19]
日本昔ばなしでの芝山努の絵柄をとりあえず乱暴に分けると、「漫画タッチ」と「フォークアートタッチ」にできる気がする。
前者はど根性やバカボンの延長にあるような柔らかい筆触のもの(お月さん金の鎖など)、後者はパスで囲って書いたようなパキッとしたデザイン的なもの(神さまの鬼退治など)で、どちらも巧みなデフォルメの効いたものだが、印象は大きく異なる。そう便宜的に名付けたように、前者の洗練された描線や有機的なディティール感などからは優れた描き手の存在を想起されるのに対して、後者の野暮ったくある種無機的なタッチからは特定不能な無銘の描き手たちの存在を幻視してしまう。
芝山はこれらの絵柄をどう使い分けているのか、どう変遷したのか、時系列に並べてみることで発見があるのかと思ったが結局分からず、そればかりでなく新たな疑問が浮かんだ。そもそもなぜ私たちはこのような絵柄に「フォーク」味を感じてしまうのか。
しかし実際のところこれらのデザイン的な絵柄は日本土着のなにかというより、芝山がAプロ以前に在籍していた東映長編に似てはいないだろうか。本作における芝山の初担当回は76話、それまでの初期話数の主要スタッフであるひこねのりおや児玉喬夫らも東映動画の出身である。彼らの絵柄の由来に東映があるのだとしたら、さらにその由来はソ連の「イワンと仔馬」やフランスの「やぶにらみの暴君」などであり、日本の民俗的な意匠との関係は薄いだろう。つまり「フォーク味」のように感じられていた素朴さは「古典アニメ」的な、単純に作画を容易にするための無機質さであり、合理化された集団制作のための無銘性に起因しているのではないか。
個性を廃して制作される商業アニメの表象を、常民の紡いだ民間伝承のビジュアライズに転用可能だという戦略を彼らが明確に宿していたかはもちろん不明である。しかし、結果として「まんが日本昔ばなし」が日本のむかしに対する自画像を、新しく塗り替える形で定着させたという主張はできるかもしれない。今日「むかしばなし」に結びついたビジュアルイメージとして、誰もが「まんが日本昔ばなし」的なものを想起するのではないだろうか。googleで「むかしばなし」と画像検索してみても、「まんが日本昔ばなし」そのもののヒットは少ないのにも関わらず、「まんが日本昔ばなし」にそっくりな画像で埋め尽くされる。[20]これからも商業アニメと昔話のコンセプトが高度に融和できたことがわかるだろう。
最後に、「日本画」というものも、古来に輸入された技術をもとにして近代に人工的に開発されたアイデンティティである。その成立に携わったアーネスト・フェノロサが1882年に挙げた日本画の特徴というのが以下の項目である。 [21]
- 写真のような写実を追わない。
- 陰影が無い。
- 鉤勒(こうろく、輪郭線)がある。
- 色調が濃厚でない。
- 表現が簡潔である
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当記事の主なデータは以下のサイトより、サイトポリシーに則り引用しています。
まんが日本昔ばなし〜データベース〜 - このサイトについて - ^ 「第214回アニメスタイルイベント 作画マニアが語るアニメ作画史 1963〜2000」にて、アキかんの巻には無かったレンズの概念がコン虫採集の巻には導入されていることが、沓名健一により指摘されていた。
- ^ まんが日本昔ばなし〜データベース〜 - お月さん金の鎖
- ^ まんが日本昔ばなし〜データベース〜 - みょうがの宿
- ^ まんが日本昔ばなし〜データベース〜 - 神さまの鬼退治
- ^ まんが日本昔ばなし〜データベース〜 - みやこ鏡
- ^ まんが日本昔ばなし〜データベース〜 - おさん狐とめで鯛
- ^ まんが日本昔ばなし〜データベース〜 - 米かみ石由来
- ^ まんが日本昔ばなし〜データベース〜 - 大食い和尚
- ^ まんが日本昔ばなし〜データベース〜 - 嫁田の話
- ^ 上記イベントにて、井上俊之が「新ど根性での小林治は絵がうますぎて面白くなってくる」と語っていた。芝山の絵柄の変化も、程度はどうあれ小林との相互影響下にあるだろう。
- ^ まんが日本昔ばなし〜データベース〜 - 白狐の大芝居
- ^ まんが日本昔ばなし〜データベース〜 - おしどり塚
- ^ まんが日本昔ばなし〜データベース〜 - やせうま
- ^ まんが日本昔ばなし〜データベース〜 - カメになった爺さん
- ^ まんが日本昔ばなし〜データベース〜 - ねこの盆踊り
- ^ まんが日本昔ばなし〜データベース〜 - 雪姫・紅葉姫
- ^ まんが日本昔ばなし〜データベース〜 - からいもと盗人
- ^ 芝山努さんの仕事の話芝山努さんの仕事の話第二回 もりたけし(演出家)[前編] | WEBアニメスタイル
- ^ 例えばカチカチ山 昭和などと検索してみれば、いかに昔話の絵柄らしさというのがが変化したか体感できる。
- ^ 日本画 - Wikipedia