<企画・構成> 田辺修さん
現在私はアニメーション製作の傍ら、趣味でコンビニのアルバイトをしています。
もちろんローソンです(笑)
いまローソンで働くスタッフの多くは世界中からやってきた若い人たちです。明るく勤勉で、優秀な彼ら彼女らと一緒に働いていると、私も元気になります。そんな「ローソンの今」を感じていただけたらうれしいです。
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(https://www.lawson.co.jp/lab/ghibli/art/20200101_ghibli.html)
大平 従来のアニメーションは線で表現するので、その線を割っていけばいいのですが、鉛筆タッチだと、デッサンをわっていくような感じになるんです。そうすると、濃淡や質感という要素が入ってきてしまう。例えば、僕の場合だと、細かいところは基本的に6Bなんですが、濃く使いたいときは10Bを使っているんです。10Bで書かれているところは10Bで割らないと、質感がなかなか出ない。だから、大丈夫かなとはずっと思っていましたね。
── その心配は払拭されましたか。
大平 そうですね。なんとか作業していただきました。途中から、田辺修さんが「大平さんのタッチなら(自分が動画をやる)」ということで、やってもらえると聞いた時に、田辺さんなら安心だと思った記憶があります。全部が全部ではないんでしょうけど。
田辺さんには、最初は制作が作画(原画)で依頼しようとしたけど、首を横に振られて、じゃあどうするかとなった時に、「そうだ大平くんのがある」みたいな話になったのだと思います。
熱風(ghibli) 第21巻 第11号 通巻251号(18p-19p)
2023年11月10日発行 発行人 鈴木敏夫 発行所 株式会社スタジオジブリ
── 田辺さんの画を活かすという方向になったのは、『かぐや』の企画初期から?
西村 うん、それが初志ですね。線、芝居、色のスタイル。田辺修という1人の才能が持っているものを全部活かす。
── それは題材選びにも関わってくるわけですよね。
西村 もちろん。『山田くん』を終えたときから、高畑さんは「田辺修しかいない」と思っていて、田辺修がその企画に対して頷かないのであれば、その映画は作らない、と。「平家物語」の企画もあったし、アイヌの民話を映画にしようとしたこともあったし、宮沢賢治の作品をやろうとしたこともあった。でも、結局はすべて、田辺さんが1枚も画を描かなかったんですよ。
── 企画が出ているのに?
西村 高畑さんが「これでどうだ」と言うんだけど、田辺さんのほうで実感が沸かなかったんでしょうね。それとも単なるサボり癖なのか、本人じゃないから分かりませんけどね。でも、結果として1枚も描かなかった。高畑さんは、ご自身でイメージボードを描いたりしない方だから、田辺さんがキャラクターを描いたり、イメージボードを描いたりしてくれないかぎり、企画なんて一歩も前に進みませんから。
高畑さんって本当に具体の人なので、具体的なものが積み重なっていかないと前に進んでくれないんですよ。そのなかでいちばん大事なのは、画じゃないですか。その画を描くためにいる人が、1枚たりとも描かなかった。だから、僕が入る前の数年間は、一切企画が動いてない。それは企画って言わないですよね。
── 1枚も描かないということは、田辺さんはその間、何をされてるんですか。他の仕事とか?
西村 まあ、ちょこちょこありましたけどね。
── そんなに大きいものはないですよね。
西村 ないです。だから、座ってるんです。ずっと、机を前にして。
── で、田辺さんは『かぐや姫』では動いたんですか。
西村 結果としてですね。それまでは本当に動かなかったんですよ。ある時期、僕の前任者と高畑さんが「竹取物語」……つまり、のちに『かぐや姫の物語』となる企画を考えていたんですけど、もう全然動かないので、僕が担当に就かされるんです。企画の骨子自体は、55年前に高畑さんが着想した「竹取物語」のプロットがもうあるわけですから、それを具体的にしていけばいいわけですけど、全然具体にならないんですよ。画を描かないから。田辺さんは1年半ぐらい『かぐや姫』には関わってるはずだし、ご自身でも「自分がジブリに残っているのは高畑勲監督の作品をやるためだ」と言っているのに、1枚も画を描かなかった。そんな状況で僕が投入されたんですけど、4ヶ月ぐらい経った頃かな? 僕はまだ投入されて間もなかったから「まあ、これからだろう」と思っていたけど、トータルで言えば2年間ぐらい動いてないわけですからね。鈴木敏夫プロデューサーが来て「田辺君が画を描かないんだったら、田辺君が画を描ける企画にしなきゃいけないだろう」と。
(前略)もし明治時代でやるのなら、別の企画があると言って高畑さんが出してきたのが「子守唄の誕生」という企画だったんですよ(編注:赤坂憲雄による子守り唄についての同題学術書を元にした企画だった)。(中略)
── 田辺さんは、その段階では「子守唄」の画を結構描いていたんですか?
西村 B4で10枚ぐらい描きましたかね。1年半で10枚。まあ、描いたほうですよ(笑)。
特集 アニメーションとしての『かぐや姫の物語』
西村義明プロデューサー インタビュー第1回 線の向こうにある本物を | WEBアニメスタイル
(https://animestyle.jp/2014/02/06/6843/)
── 田辺さんが劇的にスピードアップした瞬間は、どこかにあったんですか。
西村 いや、最後まで劇的にはならなかったです。
── そうなんですか!? 本編作業でも?
西村 最後の半年ぐらいですね、比較的止まらずに描いたのは。
── それ以前は、やっぱり毎日マイペースで作業されてたわけですか。
西村 いや、マイペースではないんですけどね。ただ、追いつかないんですよ。1個1個、立ち止まってしまうので。
西村 そうですよ。それで、脚本会議をやってもイメージボードができないし、キャラクターもできない。田辺さん、匿名の髪の長い女性とかは描いてくるんですけど、かぐや姫のイメージとは程遠いわけですよ。それでも、イメージボードらしきものを8枚ぐらい描いてきたのかな。いずれも抽象的なものでしたけどね。それを高畑さんに見せたら、また激怒ですよ。「なんですか、これは」「いや、試しにイメージボードを描いてみたんですけど」「この四角はなんですか」「いや、フレームのつもりなんですけど」「フレーム? フレームっていうことは、これが完成画面のつもりで描いたってことですか」「そのつもりです」って。
── ハラハラしますね……。
西村 「あなたねえ……これで映画ができると思ってるんですか!」って、そこからバーッと怒り出すんですよ(笑)。「大体ね、画が少なすぎるよ! もっと描いてきてよ!」って。
── そういう言い方をするんですか。
西村 うん。それで田辺さん、また描かなくなったんですよね(笑)。高畑さんに怒られてから、イメージボードは一切描きませんでした。キャラクタースケッチみたいなものは、すーっと描くんですけどね。だけど、世界が広がっていかないじゃないですか。それでずっと高畑さんは田辺さんのことを怒り続けてるしね。どっちもどっちですよ、僕からすりゃあ。
西村 コンテを描きながらキャラクターを決め、設定を決め、世界を決めていく。もう1個1個、立ち止まっては決めていくわけですよ。だから、1年半でコンテが30分までしか進まなかった。2時間だったら何年かかりますか?
── 3年で1時間、ですよね。
西村 そのとき覚悟しましたよ。全部で6年かあ……と。そのペースでしかできなかったですね。
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西村義明プロデューサー インタビュー第3回 コンテ作業の長い旅 | WEBアニメスタイル
(http://animestyle.jp/2014/02/07/6850/)
西村 レイアウトもラフ原も、誰が何回出しても全修みたいな現場って、みんな疲弊していくんですよ。何やらされてるのかな? って。一体自分が役に立ってるのかどうかとか、果たして私はここにいていいのかどうか。普通はそう思いますよね。
── レイアウトは、ほとんど田辺さんがフィニッシュしている?
西村 ほとんどというか、全部でしょう。
── 全部ですか!?
西村 レイアウト戻しは、すべて田辺さんが手を入れてますから。その戻し自体、もうラフ原みたいなレイアウトなんですよね。そこがちゃんとできていれば、あんまり崩れない。だから、そのやり方は変えられなかったですね。
西村 いや、違います。結局、田辺さんの作業に関しては、順調にはならなかったですね。チェックの仕方は変わりませんでした。けど、田辺さんのチェックの仕方を変えずに何ができるかということで、田辺さんのチェック時間が短くてすむ人にレイアウト、ラフ原を描かせる。いわゆる1原、2原みたいなシステムを敷かざるをえなかった。田辺さんが直しやすい人、もしくはレイアウトチェックでほとんど手を入れなくてすむ人を絞っていった結果、約7~8人ぐらいが残った。大雑把に言うと、その人たちがレイアウト、ラフ原を切って、残りのアニメーターが清書にしていく、というやり方になりました。それによって、レイアウト戻し、ラフ原の戻しも含めて、ある時間内で終わっていく。最初からそうやれていればよかったという意見もありますが(笑)。
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西村義明プロデューサー インタビュー第5回 高畑勲の本懐、田辺修の才能 | WEBアニメスタイル
(http://animestyle.jp/2014/02/12/6859/)
── 赤ちゃんの這い這いの動きは、もちろん田辺さんがガッツリ手を入れてるんですよね。
吉川 相当入ってますね。濱田さん含め、赤ちゃんの動きについては、かなり研究されてましたから。YouTubeで赤ちゃんの映像を見たり、濱田さんのお子さんとか、高畑さんのお孫さんのビデオを持ってきて見たりしていました。子育て経験のある人が見ると、ものすごくリアルに感じるらしいですけど、それは田辺さんと濱田さんの研究の成果でしょうね。
── 田辺さん、YouTubeを見たりするんですね。
吉川 いや、あの人にインターネットを見られる環境を与えちゃいけないんですよ。放っておくと1日中ネット見てますから。
── やはり、主に動画を?
吉川 延々と動画を見ていたり、何かを検索していたり、メールをしてたり。ある日、とうとうネット禁止令が出てましたね(笑)。あとは、After Effects禁止令も。田辺さんのアカウントではソフトが立ち上がらないようにできないかとか、システム管理部に相談したり、いろいろ制限をかけてました。
── レイアウト集を拝見すると、ものすごく小さなフレームで描かれたものもありますよね。あれは、田辺さんがこのサイズで描きたいと指定するんですか?
吉川 作打ちをするとき、前もって田辺さんにフレーム指定をしてもらうんですよ。このカットは40、このカットは80という指定の一覧をもらったら、それに合わせてコンテを拡大して、それを見ながら打ち合わせするんです。
── で、担当アニメーターはそのフレームサイズに合わせて原画を描くと。
吉川 そうです。
── 線を太く見せたいところはフレームが小さくなる、ということなんですか。
吉川 ま、簡単に言えばそういうことだと認識していましたが……田辺さんとしては、もっと深い意図もあったんでしょうね。感情の起伏のあるカットは、もっと線のざわつきをよく見せたいから、そういうカットはフレームを小さくしてアップにしようとか。そういう演出意図もあってサイズを決めていたとは思います。ただ、どうしてここが40フレームなんだろう? と思うようなところもあるんですよ。そしたらレイアウト戻しのときに「200%拡大してください」という指示が入ってたりして(笑)。そういう気まぐれとしか思えないカットも多かったので、すべての意図は汲みきれてないですねえ……。
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吉川俊夫 制作デスク インタビュー第1回 田辺修カラーを貫くために | WEBアニメスタイル
(http://animestyle.jp/2014/02/13/6866/)
吉川 これも田辺さんの意向で当初はなかったんですが、制作含めスタッフから「いいかげんにしろ!」というところでやっと作りました。でも、田辺さんとしてはあくまで参考という感じでしたね。基本的には、田辺さんのコンテに合わせて描くという方針でしたから。
── キャラ表は大体ある?
── コンテなりレイアウトなりをベースにして描くべきで、キャラ表を見ながら描くような作品ではなかった?
吉川 結果的にそういうことですね。キャラ表で作画さんに制約をかけたくないと、田辺さんも考えられていたでしょうし。ただ、ここ最近のジブリ作品としては珍しくないんですよ。あんまり細かくキャラ表を作ったりしないので。
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吉川俊夫 制作デスク インタビュー第2回 ルールのない「線」へのこだわり | WEBアニメスタイル
(http://animestyle.jp/2014/02/13/6866/)
吉川 いや、田辺さん、結構体力あるんですよ(苦笑)。全然へこたれなかったですね。僕、今まで一緒に仕事した人のなかで、こんなに体力のある人は初めてでした。
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吉川俊夫 制作デスク インタビュー第3回 最後まで方針転換しなかったすごさ | WEBアニメスタイル
(http://animestyle.jp/2014/02/17/6876/)
そうそう、ウシロの走りのフォローのカット。ここがあの田辺修さんの担当です。このカット、実は僕が自分で原画やろうかと思って、田辺君には別のカットを用意してました。でも、電話したら、「こっちの走りのフォローをやりたいな」と言ってきた。自分でやろうと思ってたところだから、これはシンパシー来たかな?と思ってやってもらうことにしたんですが・・・。(中略)
上がった動きはたしか一歩6枚のリピートでした。それを見せられた僕は、その動きを1枚抜いて一歩5枚のリピートにしてこれで行きたいと言ったんだっけ。
それからが長かった。僕は空中ポーズで惰性で動く時間が長いと疲れている印象に見える、この少年の内側から湧きだしてくる力感を大事にするために一枚抜きたいと言ったのでした。それに対して田辺君は、一枚抜くと動きが軽くなってペラペラな印象になり、観客に伝わらない。走りが記号的になって、「動き」を観客に感じてもらえなくなるのではないか、と言うのです。
内面のリアリティ重視の僕と、目に見えるリアリティ重視の田辺君のこの対立は、同じリアルでも現実主義と自然主義という表現上の信条の違いなのではないか?などと難しく言ってみても効き目はありません。そして僕は、この「『動き』が観客に伝わらなくなる」という言葉にしこたま弱い。彼を前にしての僕のアニメーターとしての自信の問題もありました。時間があれば、一枚減らして5枚のサイクルで、ペラペラでない動きを描ける、と負け惜しみまで出て、議論は二日にまたがり(ずっと議論してたわけではないですよ)、結局僕が折れました。
「ぼくらの」OP、EDによせて - 森田宏幸のブログ
(https://blog.goo.ne.jp/moriphy/e/...)
井上 で、磯君と同じように非常にリアルな作画をしているのが田辺君なんだよね。田辺君の持ち味は、一貫して、生っぽいリアルな作画なんだ(もっとも、『雲のように 風のように』で主人公が都に着いてから後宮のトンネルをくぐるシーンではコミカルな作画もみせてるけど)。
小黒 田辺さんは、アニメ的なケレン味はないんですよね。
井上 そうだね。磯君と違うのは、ケレン味のないところかな。アニメ的な魅力が薄いので、みんな見過ごしちゃうんだよね。玄人でないと、見つけられないかもしれない。『ユンカース』の劇場版だと、主人公の女の子がお母さんから帰れないという電話を受けて、つまらなそうに食卓について、「グレてやる」と言うと、周囲がドキッとして、物を取り落としたりする場面だね。これは、あまりに巧い!
小黒 確かに田辺さんの原画って、あまりに自然なので印象に残らないですよね。
今石 そうですね。
井上 うーん。でも、玄人なら絶対わかるはずなんだけど。小田部さんが好きな、近藤さんが好きな俺だから分かるのかもしれない。田辺君は、俺の手本なんだよ。
「WEBアニメスタイル もっとアニメを観よう 第5回 井上・今石・小黒座談会(5)(http://www.style.fm/as/04_watch/watch05_5.shtml)
井上 大平君とか、磯(光雄)君とか、田辺君とか、橋本(晋治)君に、心の中で笑われてるんじゃないかとか。被害妄想かもしれないんだけど(笑)、そういう気持ちがあるんですよ。
湯浅 僕も馬鹿にされてるんじゃないですかね?
井上 いや、俺の中では、湯浅さんは大平君や田辺君と同じ括りなんです。「自分の思い通り描けて良いな」という人達がいてですね。その人達にとっては、どうイメージするかだけが問題で。イメージしたものを描けないなんていうレベルで悩んでる俺なんか、足元にも及ばないんじゃないかと(笑)。
湯浅 (笑)。
井上 そういうアニメーションに長けた人達が居て、その中の一人が湯浅さんで。
湯浅 いや、全然。僕は、そういった中に入ってないですよ。僕の中では、大平君とか田辺さん達の中に井上さんがいる。
井上 俺は、そこに入るんですか。大平君と一緒に括られたら幸せだけど。はっきり、大平君とは人種が違うなって思うからね。
【ARCHIVE】湯浅政明×井上俊之対談(1)「アニメスタイル」第2号再録(http://www.style.fm/log/02_topics/top040528int_1.html)