日記―プレイバック・無職
本当に見てられない所はコメントアウトしてます。
2402-3 2404 2405 2406 2408 2409 2410
2024/10/25
2024/10/12-21
滞在:10日
総ゴキブリ:5(うちバスタオル:2)
2024/10/16
デジタルセル…まだ壊れる!
2024/09/24
セルアニメの常世…
2024/08/13
風邪がなかなか治らない。
安藤礼二の神々の闘争が文庫化したと知った。欲しいけど読めないんだろうな。
モダニズムのハードコアのKindleページを見る。一時期頻繁にセールになっていたようだけど、しなくなってしまった。
24fpsのストップウォッチがほしい。
クロッキーにいいな、と思う画像を見つけたら保存するようになってしまって、がっかりする。
仲良くあることが前提の集団がこわい。同窓会的な無敵感がこわい。ルーツは家族の話なんだと思う。
2024/08/12
夏の団地の階段はよく昆虫が跳弾している。
2-3階にはアブラゼミが居て、こちらを感知すると飛んで四方八方をバウンドしだした。
3-4階のゴキブリは、飛ばなかったから良かった。(さっき降りるときは抱きつかれた)
4-5階はカナブン?コガネムシ?が這いつくばっていた。(さっき踏んでしまった)
階段の場所、それぞれ一階ずつ下だったかもしれない。
2024/06/19
夜行バスで名古屋へ。5時に到着して、デニーズで朝食を取る。味噌汁が赤だしで驚いた。
金山の公園でスケッチをして友達を待つ。合流してコンパルで味噌カツサンドを食べた。庵野秀明展へ。
昼食、ドテ煮と冷たいきしめん。
名古屋港水族館。ウミガメの赤ちゃんがあどけなくて可愛かった。動作の幼さは、高い知能がある生き物(成長による知能のギャップがある)だからあるのかな。潜水服のTシャツを買って出る。
近くのフードコートみたいなとこで友達がスガキヤのソフトクリームを食べていた。
名古屋駅に戻ってあんかけスパゲティを食べる。
土産につけてみそかけてみそとゆかりのえびせんを買った。
夜行バスで帰る。
2024/06/12
レンジで角煮を爆発させた。二度目。
2024/06/11
メガネを無くして、訪れた店とかを聞いて回ったけど見つからず落ち込んでいたら、よる家の中で見つけた。
2024/06/05
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2024/06/04
彼女がピカチャンを教えてくれた。落ち着いたらしかちゃんのページを作りたい。
もう福尾匠の日記が終わっていたと気付いた。
2022/08/12
2024/06/02
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2024/06/01
部屋を掃除した。粘着テープのコロコロするやつを使った。使い終えたら、いつもそうしてあるのに従って表面が汚れたままもとの場所に戻した。たしかに新しい層にめくってしまうとベタついて鬱陶しいと思うのだけど、面白い。
いぬわんたんの動画をみたら「頂き女子りりちゃんから」というコメントがいくつも新しく書き込まれていた。
2024/05/30
杉田俊介のような聡明な鬱の翻訳者にはなれないし、凡百なメンヘラ表現者になんてなるものか。そういった価値づけを遠ざけて。鬱というあるアイデンティティを一度無効化する。前向きな逆張り。
2024/05/25
昼過ぎから彼女と散歩に出かけた。スターバックスに寄って、コーヒーを飲みながら歩いた。
うちの団地の近くにもう一つ団地があって、寂れた商店街を内包していた。こっちが本当の団地なのかと思った。
更に歩くと開けた土地にビニールハウスが並んでいるのが見えた。びわなど野菜の栽培とかがメイン?でも観葉と多肉のハウスに自由に入ることができて、ディッキアやアガベ、マンガべもあった。しかも安い。オベサピッコロ(オベサ梵天とも言うらしいが、交配内容がわからない)を買って帰った。
帰ってセラアートロングの3号に植え替えた。
夜は洋麺屋五右衛門に行った。初めて。適当な外観に反して店内は高級感があり、席にはお盆が用意されていて上に箸とナプキンが載っていた。
明太子と高菜のスパゲティを食べた。平皿なのに箸で食べるスタイルだから、犬食いしながら麺をすするしか無かった。味は結構ジャンキー。セットで付いてきたスープの方は上品な感じ。彼女はケーキも食べていた。美味しかったけど高級路線なのか庶民派なのかわからなくて不思議だった。
2024/05/24
朝、寝れずに起きていた。ベランダに出て目の前の団地の公園を見ると、カラスがキジバトっぽい鳥を公園の外に追い出していた。
ベランダの手摺に小さなゾウムシがいた。調べてみたけどゾウムシは種類が多すぎて難しかった。茶色っぽくてあまり特徴がなく、口吻も短い。ツノヒゲボソゾウムシに似てるかな。子供の頃ゾウムシが好きだった気がする。白黒のずんぐりしたやつを実家の庭で見つけた。
ドルステニア・フォエチダが花を咲かせていた。実生2年くらいだと思う。
2024/05/23 回転不可能性とアダプテーション
回転不可能な絵柄は、リミテッドの登場とともに漫画からアニメへ輸入されたのではないか。つまり手塚治虫の「鉄腕アトム」(1963)が漫画のアニメ化だということが、スケジュールや予算の都合以外のリミテッドの成立理由である可能性。リミテッド前史の東映動画はフルアニメのためにキャラが設計されていた。
アトムの髪型。あれこそが回転不可能性の象徴ではないか。
2024/05/22 回転不可能性とリミテッド
絵のデフォルメを仕分けしてもいいかも。日本昔ばなしにおける70年代と80年代の芝山努、Netflixの「T・Pぼん」などの違い。
80年代の芝山絵―「からいもと盗人」「カメになった爺さん」「やせうま」など―は一般的な”上手く描く”観念では到達できない。卒制のときに強く感じた。キュビスムと言うか、脱デッサン的なのだ。
重要なのは「回転可能性の有無」かもしれない。「T・Pぼん」的な”上手い”デフォルメは回り込みが想定されていて、頭身が低くなったあの形として立体的に造形されている。だからキャラクターなどのモチーフがZ軸に回転する様子を滑らかに中割りすることができる。
一方80年代芝山的(仮)なものは、頭身が低いのは平面的なシルエットの遊びの産物で、正面顔と横顔のデザインも異なっている。よって滑らかな中割は不可能であり、必然的にコマを落としてパカパカと動かす。それが視聴者の脳内で連続した一つの運動だと知覚され、コマ同士のギャップにてモチーフはメタモルフォーゼ(変形)したのだと合理化される。
つまり絵柄のユニークな平面性はリミテッドアニメの仕組みと必然的に関係していると言える。回転不可能だからリミテッドになり、逆にリミテッドは演繹的に動きを作り出す。これは金田系の話にも応用のできることだと思う。
2024/05/21
朝、寝れなくて、この前書店で見かけた「ジブリアニメで哲学する」という本をKindleで試し読みした。劇中のモチーフを何らかの象徴だと疑うイコノロジーで、主観的な考察でしかない。こんなものが8万部も売れているらしい。
この本といい----といい、マスに受けるアニメ批評ははどことなく岡田斗司夫に近いものになっている。岡田斗司夫はビジネスモデルとして理にかなっているのだろう。-----。
夜も寝れない。シュレディンガーの猫自身のような気持ちになった。この箱に住んでいる僕は確定していない。経済的に自立するはず、という未来を前借りすることで暫定的に存在を許されているだけなんだ。100%の僕はまだここに引っ越してきていない。代入されているだけ。
2024/05/19
瓶の中に何か生き物を飼っていて、それに小さいイカがしがみついていた。イカはそいつの餌として入れたはずだけど、生き残っていて共存していた。という夢を見た。
夜に酢豚を作った。細切れ肉を丸めて塊にした。
2024/05/18 オッピー
自転車で彼女とイオンに行った。着いてまず天丼を食べ、帽子屋やフライングタイガーなどを見て回った。フライングタイガーはデンマークの雑貨店らしい。ポップで騒がしいものが多かった。隣国のスウェーデンにはお馴染みのIKEAがある。どうしてこんなに違うんだろうか。
書店で「ジブリアニメで哲学する」という本を見つけて、パラパラ読んでみて絶望した。
近くのアイス屋さんに歩いていってみて、行列だったのでとんぼ返りした。電線にツバメが止まっていると彼女が気づいた。ツバメの鳴き声は「土食って虫喰って口渋い」と例えられる。実際に聞いたが「土食って虫喰って」までしかわからなかった。
その後イオンに戻って映画「オッペンハイマー」を観た。3時間もあるから終わった頃には夜。少し自転車を押して歩きながら感想を交わした後、乗って帰った。
2024/05/17
近所の精神科・心療内科を調べた。気になって、前通っていた心療内科を調べてみると潰れていた。院長の顔が表示されたら…と恐れながらの矛盾した行動だったけれど、ホームページも消滅していて安心した。
市立図書館に行って、強い日差しの中遠回りして帰った。
2024/05/15
5時頃に起きた。彼女を見送ると11時頃に。ホームセンターで「根っこ強し」というプラ鉢の7号を買ってきて、ディッキア・ナガスを植え替えた。
村上隆のスーパーフラットの本を買うか悩んで、市立図書館から取り寄せ予約をした。
しばらくするとなんか駄目だなと思って、日光を浴びて運動しようと、歩いて50分くらいのところにあるブックオフと書店に行った。東浩紀の雑談を聞きながら歩いた。
大江健三郎の安いやつとか、現代思想5月号・民俗学特集とかを見るという仮目標を立てたが、店頭に無く、中古で京アニ事件についての本と新刊で千葉雅也のオーバーヒートを買って帰った。
中野のOくんの家に行ったことで、世界はゆるやかに分岐したのだなと感じた。

2024/05/11 中野・ビッグO
2024/05/08 形式
2024/05/07 が、つかめるうちに
―今、あらためて生成変化について、今度は「原形質」という言葉で検索した。エイゼンシュテインの語彙で、先のユリイカから得られたものだ。するとたくさんヒットするし、魅力的なものもあった。
アニメスタイルイベント(作画史パート2)で編集長は「アニメ作画の芸術的評価の確立」を要請していた。確かにアニメにおいて芸術的な価値づけは未だ進んでいないというイメージはある。でもアニメ研究者は少なからずいるし、表象文化論学会もあるはず。はたして彼らの仕事は有効性があるものなのか、なぜ業界には浸透しないのか、なぜ嫌われているのか、確認しなければいけない。素人なりに。総体としてのアニメがダイバージェンスする前に。
2024/05/06 やわらかい
生成変化から安直にアニメーションのメタモルフォーゼを連想して、テキストを探すと一つだけヒットした。偶然持っているユリイカに載っているものだったから引っ張り出して読んだ。が、ぼくにはわからなかった。オタワ・アニメーション映画祭のディレクターが「本能的に選考しているから基準を言語化できない」と言っている記事もあった。これは、これらは、誰のための何なのだろう。
先日なんの契機かわからないが、アニメーターたちがツイッターで批評家たちへの嫌悪を表明していた。そんななか、レトリックや専門用語で撹乱していていいんだろうか。必要なのはフォークロアではないか。アニメスタイルが既に実践していると思うが。
以上が数日前のこと。この日は『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』を観た。
思うところは多かったけど省く。たぶんずっと覚えてるだろうから…
スタティックなものはない。総体としてのアニメも変化していく。これを書いている―
2024/05/05
2024/05/04
自転車で立川の本屋に行き、千葉雅也の「アメリカ紀行」「動きすぎてはいけない」を買った。「オーバーヒート」と「エレクトリック」は無かった。
適当に店内を回り気になる本の表紙をいくつか写真に撮っておいた。「水のいきもの」というインドの絵本が欲しかった。新刊コーナーに「鬱の本」というのを見つけて、大槻ケンヂ、大橋裕之、滝本竜彦、谷川俊太郎、町田康の部分を立ち読みした。
シネマシティのポスターに「ジョンレノン 失われた週末」を見つけたけど、まだ上映していないようだった。上映しているかもだけど、見る体力も調べる気力もなかった。ブックオフで重松清の「疾走」上下を100円で買って帰った。
タイヤの空気が抜けているのか体が重いだけだったのか、わからない。
ビートルズのnow and thenを口ずさみながら帰った。公式リリース直後にyoutubeに上がっていた、ファンメイドのバージョンが好きだった。公式ではカットされたバースがあって、マーヴィン・ゲイのwhat's going onみたくどっかにぶっ飛んでいくのが好きだったが、すぐ削除されてしまった。
2024/05/03
このところ信じられないくらい体が重い。目も重い。別に慣れている。鬱がまた濃くなって、夏が来たのだと思う。例年3月あたりが良く、夏にかけて悪くなる。精神にあまり濃淡がなくなった以上、身体の調子で判断している。悪化すると歩けなくなったり、涙が止まらなくなったりする。
旧居近くの自販機で発作的に四つん這いになっていた時、横を隣家に住んでいたHくんが通り過ぎていったことがあった。地面に近い目線から、黒いスキニーの細い足が見えた。当時彼はスキャンダルを起こしていたと後に知った。学校の腐敗も。
調子に関係なく、依然コミュニケーション不能はある。みんながだれなのかわからない。みんな様々な集合に属していて、その円が広がったり縮んだり重なり合ったりしている。僕の周囲にそんな円は見えなくて、かろうじて補集合にうっすらと浸透している。そんな水玉コラみたいな形のアメーバは、円に押されてくびれたり、隣り合った円同士の接続によって切断されて、一部を去勢されることもある。
2024/05/02
2024/05/01
音楽は目に見えなくていいな。文学は読めるのに見えなくていいな。アニメはどこまで見えなくできるかな。リミテッドはすこし見えない。
映画の感想を書いたり批評を読むのは、見えたものが見えないものに変わっているのが好きだからかもしれない。
ぼくは潜在可能性を淘汰したくないという幼児性がある。主食が米と決まっていたり、動画編集するならプレミアだったり、好きな相手が異性だったり、そういう具体性がどこか落ち着かない。無数の、展開されるべきだった可能性と共に居たいと思ってしまう。
ジャコメッティの「No more play」という作品は、ボードゲームとその駒である。盤上に出ている駒もあれば中にしまわれている物もあって、その潜在的な可能性が示唆されているという。他の、ジャコメッティといえばの小さい彫刻や細い彫刻も、それに共通するものがあるみたいで、全て像が平らな台座に乗っていることからわかるらしい。たしかそう習った。
潜在可能性、抽象性、めにみえないこと。
2024/04/30
蟻の巣を見た。久しぶりに見た気がする。
多面的な照り返しを失ったこと
武蔵美の世界堂で木製パネルと目玉クリップを買ってきた。
皮膚科の初診に行って、2時間位の待ち時間に千葉雅也のデッドラインを読み始めた。新潮文庫、短編なこともあってとても軽い。僕の注意を繋ぎ止めてくれるか、不安な重さだった。
絵と画はちがうこと
処方箋を受け取って出ると、雨の匂いがした。降ってはいない。降る前のにおいが「ペトリコール」で後が「ゲオスミン」という成分によるものらしい。どっちだったのだろう。たまごっちを家に忘れたことに気づいて急いで帰った。
西村ツチカが、ホームページのイラストコーナーを落書きに名付け変えたとツイートしていた。ぼくは「ギャラリー」にしたり「イラスト」に変えたりしていたが、どれも座りが悪かった。ならって「落書き」に変えてみた。
友達と電話をした。水曜どうでしょうの、シェフ大泉夏野菜スペシャルが良いと教わった。
2024/04/29 疾走
小学5年生だったか、philhaleの表紙の半顔ぶんしか読まなかったと思う。なぜ始まったのかおぼえていない。あの子はいつまで走ったのだろう。
2024/04/25 かゆい うま
夜ご飯を大戸屋で食べた。それまで落ち込んでいたのに、やたら美味く感じて感動してしまって、一転して笑いが止まらなくなった。しかも全身が寒くてジャンパーを着てブルブル震えながら爆笑していた。
自覚したことはないけど、これが躁なのかもしれない。同席した彼女を大変怖がらせた。
2024/04/22 凹家
さしずめ俺は一軒の空き家さ
垣根も鍵もついていないつもりさ
さしずめ俺はちょっとしたくぼみさ
特別じゃまになっていないつもりさ
掘ろうが埋めようが 好きにしな
もししたいのなら
さあやるがいい
(ゆらゆら帝国,あえて抵抗しない)
2024/04/20 またね
彼女が留守中に置いていったたまごっちの操作がわからなくて、病気になったくさっちを看取った。
2024/04/19
2024/04/18
iphoneのストレージが限界だから、macbook経由で外部ストレージに逃がそうとしたら、OSが古いとメッセージが浮かび、一段階アップデートしようとすると、「全てのアプリを終了しろ」と怒られ、見るとmicrosoft-teamsがスタートアップで勝手に起動していて、終了しようにもアカウント期限がきれているからログインのポップアップをどかす事もできず、サポートに連絡しろとの事で、電話番号の記載がないから検索して探し出して発信したが、機械音声でサポートページのURLを読み上げられ、誘導されたそのページも使い物にならなかった。
結局自力でアプリの強制終了の仕方を見つけ、幕を閉じた。
これが厄介だとは事前に聞いていて、teams以外のofficeとadobeソフトは全て消しておいたが、ここまでとは思わなかった。
2024/04/17
昨日、足の指が浅黒いと指摘されて、怖くなって走るようにした。痩せしろが無いのに、大丈夫なんだろうか。
2024/04/16
やりたいことは大体、自明なことの再確認と思う。
サイト名に(α)とつけたのは、単純に見切り発車のアルファ版という意味で、改築にかけて(β)と変わっていくつもりだった。でもこのままでいいのかもしれない。
メタボリズム。万博公園にエキスポタワーは無かったし、出雲大社の庁舎も建て変わっていた。
リゾームとして広げたつもりの、ワナビの賽の河原。
2024/04/15
2024/04/14 
シール帳にシールを追加した。シールのレイアウト、しかもレスポンシブにしようとすると難しい。初めてメディアクエリを書いた。
デッサンが、気を抜くと模様の模写になってしまう。
ぺんぺん草っていいかも。調べると、七草のナズナのことらしい。youtubeで検索すると、茸本朗に食べられていた。
2024/04/13
パペットスンスンの新作がすごかった。
ipadで久々に絵を描いた。初期不良なのか、ペンの反応もずっと悪いし、急に画面中に線が走ったりする。ペン先を置いていないところにだ。あと、画面が柔らかい。これもなにかの不良かと思って、電器屋で現行品を全て確かめた事もあったが、一様に柔らかかった。描いていて楽しくない。
2024/04/12
DVDをゲオに返しに行った。道中、鳥の糞が右袖に落ちてきた。
通りの家の窓に植物が並んでいるのが見えた。パキポディウムやディッキア。他人が所有しているディッキアを始めて見た。
その足で本屋に行って、千葉雅也のデッドラインの文庫版を買った。今すぐにでも読みたいけど、もう少し辛抱する。
起こったことが、ナレーションになって流れるようになった。日記が習慣化したからだと思う。「紀子の食卓」は、各登場人物のナラティブの束であり、彼らの日記がナレーションとして通奏されていた。
すべて過ぎてしまったことに感じる。
寝る前にモルフォ人体デッサンをした。
2024/04/11
近所の安い床屋で散髪した。せっかくならヘアドネーションしようかと思ったけど、1年伸ばしたくらいでは必要最低の長さに足りなかった。
映画は、文化的でおしゃれだともてはやされてきたと思う。デートの定番だし、モダンなイメージ。やっぱりそれは役者がいて、彼らが美しいからだと思う。映画はモテの文化で、アニメは非モテの文化なんだろうか。テレビドラマは露骨に美男美女産業だと思う。
別に僻みはないけれど、最近映画をみて、刹那的な青春があるな、それは美しいなと感じた。
2024/04/10 無重力になる構図
2024/04/09
寺山修司の「田園に死す」を見た。
中平卓馬展の図録のテキストに、中平と寺山が同質の課題を持っていたとあり、それが「モノの連続例=同一性」だとあらかじめ知っていたことが理解の助けになった。
その課題は、ドゥルーズの存在の脱構築に近いと思うのだが、ポスト構造主義が日本に輸入されたのは1980年代らしい。
が、本作が1974年公開、中平の「デカラージュ」が1976年発表とすこし早く、ただの偶然かもしれない。
この作品はシュールだとか言われてるようだけど、あきらかに、理性的に、演出に基づいた根拠のある映像だった。ストップモーションの「オオカミの家・骨」を見た際にも感じたことだが、こういった一見荒唐無稽に見えるアヴァンギャルドを、読解力のなさゆえにシュールに押し込めるのはどうかと思う。 調べると元劇団員は「マジックリアリズム」と形容していた。(オオカミの家は監督自身が「フォークロア」と述べている。)
また、本作と押井守の「御先祖様万々歳!!」が似たテーマを共有している。
人生を物語化する際に起こる歪みを、タイムリープとパラドックスという装置で検証して、それを演劇を通して出力している。
2024/04/08
web制作ひいてはデジタルデバイスでは、データ全てに命名しなくてはいけないところが嫌いかもしれない。
gnck氏の知的生産術についてのレポートを読んだ。
2024/04/07 月と不死
坂本龍一の余命を映したドキュメントを見た。卒業制作の時、僕はニコライ・ネフスキーの「月と不死」を手に入れようとし、坂本図書でこれを紹介している記事を読んだ。
坂本龍一の自伝のタイトルは、「ぼくは後何回、満月を見るだろう」。
支那及び日本、殊に日本は大自然に恵まれ、夏期過度の太陽の熱に苦しめられる者は、周囲を囲む凡ての丘陵森神社仏閣、さては山寺の夕の鐘の響にぴったりと調子を一つにする純潔な白い姿の月に心を向ける。
静かな、青ざめた月の光は、これらの地方の住民を、安逸と自足とを告げる昼の太陽から遠ざけて、花やかな現実より、遠く離れたるものを思わしめ、終には世の中の歓楽喜悦は永劫のものでなく、何時か最後が訪れることと信ぜしめる。燃ゆる強い光を有する太陽、生の力――陽の限りなき供給者太陽と打って変って、単調な冷い光に包まれている太陰は、正反対の陰の力――死の力を明白に表しているものとして眺められている。
一般に、本能的死の恐怖、疑もなく、久しき以前に、海浜地方の住民によって注視されていた満干潮に対する月の影響、婦人の月経と月、夢遊病者に対する月の神秘的関係、及び時の計算の基礎となった規則正しき月の盈虧――こうしたことどもは、夜の自然と一つに溶け合う月の美と共に、神秘的な神となって了った。或る民族は世界及び人類の創造者とさえ考えている。
―『月と不死』 ニコライ・ネフスキー
2024/04/06 因習 構造 血 自動
昼過ぎに駅近くの公園まで行って花見をした。空いているベンチを二週ほど探し回った後、レジャーシートを引いて座った。
僕が前日に作っておいた鶏むね肉のからあげと、彼女が作ってくれたおにぎり、人参しりしり、卵焼き、冷凍のアスパラベーコン巻きの弁当を食べた。
帰って彼女が絵葉書を描いているのを見た。水彩画。まったくわからなくてずっと質問していた。絵の学校に行きたい。
寝る前に市川崑の「病院坂の首縊りの家」を見た。ミステリーは、キャラクター個々のミクロな生活や感情を、すべて血縁や因習に還元して、マクロな一本筋の事件解決物語に回収してしまうきらいがある。
見た金田一シリーズは全部そうだったのだけど、犬神家などは会話の掛け合いがよくて、カット単位を見てれば全体の筋はどうでも良くなる良さがあった。後の作品になるほどそれが減っていった気がする。
去年受講した授業では、大江健三郎の「万延元年のフットボール」を取り上げて、そういったプロットを構造主義的といっていたが、父母の因縁に基づく予定調和的な展開はフロイトっぽいのかもなと、自分で考えてみたりもした。
あるいは、DNAという設計図をもとに、事後的に、自動的に展開される様子はミニマリズムぽさもある。丁度100分de名著でフロイトをやっているから、もっと知ってみようと思う。
金田一の犯人は今のところ発覚後みんな自殺している。京アニの青葉への「死に逃げさせない」と言う民意を思い出す。
2024/04/05
写真の整理に区切りをつけて、公開した。
組写真はむずかしい。
日記をたくさんタイピングして疲れた。qwerty配列で日本語を打つと、右手だけ使いすぎじゃないかと思う。
2024/04/04 中平卓馬 火―氾濫
有線イヤホンを耳につけて、そのゴールのスマートフォンを右ポケットに入れて、ショルダーバッグを右肩にかけて、マスクをつけた。順番の関係で、バッグの紐がイヤホンのコードを上から締めていると気づいて、バッグの紐の内側から外側へスマートフォンをぐるっとくぐらせて、コードが上に来るようになおした。
すると耳に異変を感じて、これも順序の関係でイヤホンのコードをマスクの紐が押さえつける形になっていて、マスクを外して、イヤホンを外して、マスクをつけて、イヤホンをつけた。
全部の順序を間違っていたらしい。これに眼鏡が加わるとさらに複雑になる。
今度こそ出ようと思ったら鍵がなく、バッグの中、ジャケットの中、以前履いたズボンの中を探して、以前着たジャンパーの中に見つけて家を出た。
メトロ竹橋駅で降りて、国立近代美術館の中平卓馬展に行った。初めて一般料金のチケットを買った。
ほとんどの展示品が撮影可で、シャッター音をききながら回った。最近の絵画展(昔も?)は全部でなくとも撮影可のところが増えた。
それぞれの展示物にやたら並んでいると思ったら、彼らは写真を取ると離脱していき、最前列にありつけた僕はシャッター音に囲まれながら作品を眺める。
体験を外部ストレージにペーストして、身軽になりたいのだと思う。写真展で写真を撮っている様は少しおかしかった。
展示内容は、開催概要に示されていたように「従来の中平卓馬研究に基づいて作品を見せる」といった具合じゃなく、「中平卓馬論を改めて樹立するための素材を一緒に見ていこうぜ」みたいな趣で、プリントされた写真の掲示がほぼ無かった。
あるのは、当時中平の作品・テキストが発表された雑誌だった。見開きで置かれているそれは、写真として鑑賞することができなくないにせよ、ページを繰る事ができないため文章は厳しい。高畑展の冒頭の、労働組合の嘆願書や業務上の書面、企画書などが展示されていた部分を、全編に拡大したような感じだった。
図録に載ってる論文を読まないとしょうがないなと手に入れたけど、図録でも雑誌の見開きキャプチャのままで、資料としてはとてもいいけど、この分厚さで写真作品が掲載されていたら壮観だっただろうなと思った。悩んでも買ってしまったのは、結局僕もアーカイブに安心するからだ。
図録を買うと閉館まで残り30分で、急いで常設展を見た。収蔵品をテーマに合わせて入れ替え?展示をしているみたいだった。
授業で習ったような、近代日本、海外の名品が目白押しですごかった。加山又造の「春秋波濤」も見れたし、ソル・ルウィットやらボナールやらラウシェンバーグやらなんでもあった。
個人的に印象深いのは舟越保武の「白鳥」で、大理石の表面が、見る角度に合わせてキラキラ光っていた。
美術館を出ると、メトロ東西線の何がしかの駅に乗れそうな方面へ、皇居を経由するように歩いていった。外国人が多い。桜が咲いていた。皇居を出ると武道館が現れ、その先に靖国神社があった。
境内を通り抜けて、飯田橋に着き、JRの駅と間違えた後、メトロを見つけて帰った。
2024/04/03
アニメと実写の違いがわからなくなって、整理したけど、言葉の言い換えと意味の錯綜をしているだけと気づいてやめた。
実家から、仕送りの終わりを意味する通帳と印鑑が届いた。
地元を巡って集まった、元気玉みたいな手切れ金が手元に残った。
遠野で撮った、プログラムとオートモードでしか撮れない、ピントも不確かなカメラで撮った写真を整理した。白く飛ぶほうがいやだからとりあえず露出を下げて撮っていたら、寂しく写っていてそれはそれで良いと思うことした。
でも、東松照明で画像検索をして、心が折れた。
キッチン棚下のじゃがいもの芽が立派になっていた。その部分だけ切り取って、赤玉土を入れたプレステラに乗せて放っておいた。
4,5時間待って、切り口が乾いた(ことにして)上からさらに赤玉土で蓋をした。
2024/04/02
今村昌平の「楢山節考」を見た。
1983年作で、「戦場のメリークリスマス」と「ノスタルジア」を抑えてパルムドールを取ったという。
鑑賞を経て湧いて出た所感が、いくつかの復習と気になることの検索や、姥捨山伝説の一例・デンデラ野へ行った自身の回想に向かわせたが、何かまとまったものに結実することはなかった。
僕は新しい理解を既存の何かとすぐ体系付けようとする癖、悪く言えば大喜利・謎かけ体質、もっと悪く言えば陰謀論体質があるから、こういうことがあっていいと思った。
ただ、好きだったところはまあ明瞭で、お涙頂戴親子愛だけじゃなく、家父長制的ルールの副産物としての童貞たちが出てきたことだった。村では長男にのみ結婚を許されため、男児は間引かれる事が多く、女児は商品価値のため生かされる、という世界観だった。
生と死のみでなく、開かれることのない性も描かれることで、動物的な本能に加え、人間的な共同体のダイナミズムが強調されていた。これは原作小説の「楢山節考」にはない要素で、映画化するにあたって原作者の別の短編を組み合わせた結果のものだという。
吉本隆明はこの映画を「ポルノ」と酷評?したみたいだが、詳細を知るには「映画芸術」346号を求めなければならない。
この作品のロケ地は、長野県の千曲地方だという。モデルになった場所ではない。
松江でおばあちゃんが歌った千曲川を思い出す。
2024/03/31
キャンドゥに行ったり、スーパーに行ったりした。田舎でスーパーや自販機の値段を見たけど、東京と変わりなかった。
パソコンのデスクトップにtxtファイルがあるのを見つけた。
去年カプコンファイティングコレクションのヴァンパイアセイヴァーをやっているときに書いた、リリスの攻略メモだった。
オンラインモードが全くマッチングせず、アケコンも壊れてしまったから、対人戦をすることなく引退した。
2024/03/30
ゲオまで歩いていって、市川崑の金田一と、楢山節考と、紀子の食卓と、田園に死すのDVDを借りた。
夜、「悪魔の手毬唄」を見た。全部犬神家の一族と同じだった。でも良かった。
2024/03/29
iphoneのsafariのタブ数が、ここしばらく上限に達していて、新しいタブが開けない。
「羽 しまいかた」というタブを消した。
2024/03/28 現像
旅行の日記を書きながら、これを書いている。 フィルムの現像をしているみたい。
遠野でサービスとしての田舎みたいなのを体験して、初めてまともに会話した松江の家で擬似家族的な体験をして、 鳥取の嘘の実家に行って、本当の実家も行った。一貫して漂っていた死は、道を引き返していくにつれて、濃くなっていった。
2024/03/27 ヒ・ヤ・ヤッコと呼ばないで
遠野と出雲・鳥取に連続で行って、昨日帰ってきた。
今日は体がだるくて何もしなかった。
旅行の振り返りはゆっくり思い出したい。
旅行の移動に読書ができてよかった。遠野物語を読みながら新幹線に乗ったし、一畑電鉄にのりながら吉本隆明を読んだ。
読書を始めたばかりの頃は知らないことがたくさんで純粋なインプットとして楽しかったが、
最近は自分が考えていたことを筆者が言語化してくれている!と感じることが増えた。
うれしくもありつつ、上位概念に絡め取られてしまったというか、これからはこの専門用語に置き換えて考えてしまうんだろうなという寂しさがある。
「エモい」という言葉が生まれて、言い切ることができない詩情(アートの担当領域)がかすめとられたのに似ているのかも。
小学生の頃、学校のプログラムで韓国に行った。
当時僕は今よりも極端な偏食で、現地のものがほぼ食べられなかった。
仕方なく、好きな豆腐を食べていたら、上級生に「冷奴すきなの?冷たい豆腐を冷奴って言うんだよ」
って言われた。
唯一食べられるものを知らない言葉で表されて、なんかいやだった。
2024/03/26 帰宅
しょくぱん ふろ カツ丼 かれー ひこうき
2024/03/25 鳥取3
鳥取城 プリウス 雨 ハンバーグ カレー 検察庁 犬 がん 話 スーパー 23 5時 ふとん
2024/03/24 鳥取2
うな丼 牛骨 白バラ flcl pillows oasis カインズ たばこ 家 川 子どもたち おい 海 elliot smith xo isnt anything 日曜天国 汽車 カレー
2024/03/23 鳥取1
松江駅からJR山陰本線に乗った。米子駅(自動改札だった)でひとまず降りて、市街を散歩した。
米子にはガイナックスの支部?があって、平日は一般開放している?みたい。
土曜だから開いてなかったが、行ってみればまるで廃屋で、入口の掲示板は何も貼っておらず、下に画鋲が溜まっていた。
駅を挟んで反対側へ、昼食を取りに行った。鳥取は牛骨ラーメンが有名で、道の駅かなんかで食べたことはあれど、正統なルーツのあるところで食べたかった。
が、調べてもわからず、評価の良さそうなところを適当に選んだ。
ゆるぎのなかったラーメン店主人格ランキングが更新された(今までは小川のお店)。
おじいさんが営んでいる小さなお店で、その日は客が多くて慌ただしく、なにをするにも「すみません」をいい添えていた。
牛骨醤油ラーメンはしっかり牛の香りがして、あっさりもしていて美味しかった。
ただ、店主の超低姿勢接客を受けて、完食後に席を立つときにどんな一言を言おうか、をずっと考えていた。
食べる前から、「しっかり感謝を伝えよう」と、感想を決めてしまっていたことに気づいて、善人を装おう下心に嫌気が差した。
でもおいしいのは事実だし、うーんとなって、結局シンプルに「ごちそうさまでした」と厨房に投げかけて帰った。
その後は、米子駅から鳥取駅まで途中下車せず汽車で行った。
本当は降りて海を見たかったのだけど、色々面倒で諦めた。路線はずっと海岸に沿っているから、車内から海は見られた。
空が曇っていて、水平線がわからなかった。
由良駅からは、たくさん若い女性が乗ってきた。青山剛昌記念館があるからだ。
トランポリンみたいに激しく跳ねる汽車に、黄色い声をあげていた。
鳥取の実家に着いてから、仏壇でおじいさんと死んだ犬に線香を上げた。仏壇には僕のぬいぐるみやおもちゃが置いてあった。 夕食に連れられて、帰って、風呂を断って布団に潜って寝た。
2024/03/22 松江
伯母が午前中家を開けるらしく(伯父は仕事)、おばあちゃんと二人で留守番をした。
食卓の椅子に座って朝ご飯を食べながら、森進一の動画をノートパソコンで開いたyoutubeで見せてあげた。
それは伯母の指示なのだけど、もちろん無断転載動画。画面内の小さい画面で甲斐甲斐しく歌う森進一の外で、
マインクラフトみたいなボクセルのキャラが、ミラーボールが回るフロアでDJをしていた。
おばあちゃんが大便を催したのでトイレに誘導した。一週間ぶりらしく、スッキリしたみたいで良かった。
そのまま食卓には戻らず、居間に設置してあるベッドに連れていき、おばあちゃんを横たわらせた。
僕は膝立ちをしてベッドの手すりにより掛かるような形で、しばらくお話をした。
体は弱っていたけど考えははっきりしていた。おじいちゃんは先に死んで13年経っていた。 おじいちゃんのほうが5歳上だった。二人で鳥取に住んでいた。僕もよく行った。 一人になって寂しそうだった。 「なかなか死なん」といっていた。おじいちゃんの記名がしてあるバスタオルを今も使っていると話した。 突然歌をうたってくれた。
水の流れに 花びらを
そっと浮かべて 泣いたひと
忘れな草に かえらぬこいを
おもいださせる 信濃の旅よ
おじいちゃんが入院している時、歌ってあげたら、泣いていたらしい。僕も泣いた。 おばあちゃんは、「もう枯れてしまって涙が出ん」と言うけど、片目の下に一粒ついていて、 「ちゃんと出てるよ」と教えてあげた。曲名を訊くと「わすれなぐさ」って言うけど、検索しても出なかったから、 歌詞を教えてもらって調べると、五木ひろしの「千曲川」とわかった。おばあちゃんにそれを教えて、二人で聴いた。 久しぶりみたいで、「ちゃんと聴いたのは初めてかも、適当に歌っとった」と。昨日買ったはにわの一つをあげた。おじいちゃんの遺影の横に置いた。それから、むかしのことも教えてくれた。 昔は運動が得意で、学校の徒競走で一位になって、景品の鉛筆を三本もらっていたらしい。二位が2本で、三位が1本。 鉛筆は買ったことないって言っていた。僕のことを優しい子に育ったって言ってくれた。いとこはそうでもないらしい。ややあって卒業制作のアニメを見せた。絵本にすりゃええじゃないかと言ってた。 そのとき伯母が帰ってきた。
伯母が帰ってきてからは、おばあちゃんを家に残して足立美術館に連れて行ってもらった。 その前にいるらしい近所の作家の母が営む喫茶店にお邪魔した。伯母が午前作ったらしいお菓子を、コーヒーと一緒に食べて、あとにした。
昼食に予定していた蕎麦屋への道を間違えてしまったから、足立美術館の隣の寿司屋でご馳走になった。10貫2000円。 おいしかった。
足立美術館は3時間くらい居た。旧館と魯山人館と新館に分かれていて、それを取り囲むように日本庭園がある。
どの窓からでも繊細な景色が広がっていた。
旧館は横山大観や竹内栖鳳、橋本関雪など、テクニック的には最高峰の明治から昭和の日本画家が、
新館には日本美術院展で足立美術館が買い上げた現代日本画が並んでいた。
庭園も含め、嫌味のないわかりやすい美しさが貫かれていた。
館内の装いもひたすらに瀟洒で、ちょっとウケてしまう。
現代日本画は、作者本人の説明がキャプションとしてついていて、
例えば「心霊写真のようにみれるように書きました」のようにあけすけに、ですます調で書いてあった。
ほぼ全員藝大博士課程出身で、技術力は確かな一方、そんなキャプションが面白くて、いっぱい読んだら時間がかかってしまった。
夜は居酒屋でご馳走になった。出雲生姜の天ぷらが美味しかった。
刺身には生ワサビと鮫肌のおろし金がついてきて、自分で擦るスタイルだった。
かねてから、ずっと生ワサビが食べたかったから興奮したが、美味しいけど花粉症によって確実に損なわれているものを感じて悔しかった。
島根の貴重な日本酒らしい「王録」の飲み比べセットを飲んだ。
超王録と、70%精白と、丈径の三種類で、この順に高価なものらしい。
超王録はめちゃくちゃ甘くて、70はめちゃ辛くて、丈径はバランスが良かった。
満腹になって、帰って寝た。この家の車は嗅いだだけで酔う匂いがするから、窓をあけて外の空気しか吸わないように努めた。
2024/03/21 出雲
朝五時に起きて羽田から出雲空港へ旅立った。行きの飛行機で吉本隆明講演集を読んだ。 古事記のアマテラスやスサノオ、オオクニヌシから古代の共同体の成立を探る内容だった。 僕は去年の夏に伊勢神宮に行った。今回は黄泉の国である。国譲り、神社本庁設立と、本流から見捨てられ、僕もこの地から逃げた。 11時くらいに着陸し、連絡バスで出雲大社に行った。
出雲大社前駅に着いて、昼食にそばを食べようと思った。
十割蕎麦のお店が一時間待ちだっていうので、空いている店に変えた。
一番シンプルな「割子」 を頼んだ。冷たいそばの入った丸くて小さい漆器が三段に重なって出てきて、一番上のを食べると、残ったつゆを一つ下に移して…を繰り返すように食べた。
太くてもちもちしていて、好きだった。
店を出て、道中で買った焼き立て煎餅を食べながら出雲大社に向かった。
宝物殿含め全域を回り終えたら、古代出雲博物館に行った。そこで小さなはにわを2つ買って、まだ時間に余裕があったから稲佐の浜まで行って、駅まで戻ってきた。
出雲大社前駅から一畑電鉄で松江しんじ湖温泉駅に行き、迎えを呼んで松江のいとこの家に邪魔になった。 といってもいとこは居なく、母方の伯父と伯母と祖母が住んでいる。 今回の目的は、82歳のおばあちゃんに会いに行くことだった。去年の秋に危篤になったが、一命をとりとめた。
夜は北海道という山陰チェーンの寿司屋(いい加減な名前だ)の寿司を取ってくれて、食べた。 セルビアのビールを飲んだ(いとこがセルビア人と結婚したから)。 おばあちゃんはあなごや玉子をたべていた。よく食べる。 遠野土産の「明がらす」というお菓子と、写ルンですをプレゼントした。 カメラは散歩が楽しくなればとの思いだったけど、 家の中(ベッドと食卓)を歩行器で移動しているような有り様で、外に出ることは叶わないようだった。
かなり酒に酔ってしまって、一番を貰った風呂に浸かった僕の眼前の風景は、上にスライドして消えては、また正面に現れてを繰り返した。 回転数のズレた映写機、あるいは車で走るトンネル内のナトリウムランプの、規則的に現れては頭上に消えていく反復のようだった。
2024/03/16 遠野3
朝チェックアウト前に、一人でデンデラ野まで走った。
姥捨山伝説のある高台だが、意外と村落や田畑に囲まれていて、孤立無援ではなさそうだった。
遠野旅行中は丁度成田悠輔が炎上していたときだった。
保護林に囲まれた、凍った道路を、恐る恐る走って戻った。
宿の方に駅まで送ってもらって、ジンギスカンあんべという店でランチを食べた。
遠野市にジンギスカン文化を持ち込んだ店だが、改装されていて綺麗だった。食べ比べセットで、マトンモモ、ラムもも、ラム肩、ラム肩ロースを食べた。
北海道のそれと違って、タレは焼いた後に付けた。マトンとラム、明確な違いはあれど優劣はつけられず、どれも美味しくて大満足だった。
その次は、とおの物語の館に行った。
語り部の昔話がきけるところだが、回数が限られていたことに後で気づいたから、このために新幹線の予約を変更していた。
囲炉裏のある和室で、語り部のおばあさんを囲んで話を聞く。
一般客は僕らだけで、中年くらいの研究生?みたいな人たちが数人いた。
遠野弁は七割くらい理解できなかったけど、きき心地が良かった。
羽衣伝説の話と、墓場(遠野弁でランバ)に灯る火の玉のはなしと、萩の大木のはなしと、孫左衛門の座敷わらしのはなしだった。
テーマパーク的(今やどこの店に行っても)な、客と店員が互いのロールを遂行する事前予定的なコミュニケーションではなく、
積極的に客自らが関わっていくような交流ができて、率直に言えばお金を感じなかった。
互いの非対称性がなくて、健康的だけど、それ故の緊張感もあるような、当たり前の対話ができてうれしかった。
そのあとは柳田國男の邸宅?をみたりした。
浦島太郎や舌切雀の物語に介入して、マルチエンドな物語を作れる装置も楽しかった。
僕がやった選択では、舌切雀の意地悪おばあさん二人がどちらも善人になって終わった。
振り返ってみれば遠野の観光施設はどこも清潔で綺麗だった。
行きと逆ルートで東京へ帰った。遠野駅には合宿免許を終えた若者たちがいて、ギャルが初心者マークと一緒に自撮りをしていた。
2024/03/15 遠野2
大学の卒業式の日だった。
伝承園‐カッパ淵‐遠野ふるさと村のルートを歩いて行く計画。遠野の木にはヤドリギが宿っているのをよく見た。
伝承園は工事中だったけど、目玉のオシラ堂は見られた。
布に願い事を書いて神像に着せるという、観光用のオリジナルの祈願ができ、悩んだ挙げ句「全部よくなりますように」と書いた。
売店でハムかっぱちゃんのぬいぐるみを買った。
かっぱのコスチュームをしたハムスターで、通販で売り切れるほど人気らしく、実際かわいい。東北各県それぞれのご当地ハムスターがあるらしい。
カッパ淵はかっぱが居たといういわれの小川。近くに常堅寺という曹洞宗の寺があって、母乳の出が良くなるご利益があるだかで、 祠のなかに乳首のぬいぐるみがあった。
ふるさと園では、遠野特有の曲がり屋という茅葺き建築がたくさんあった。
馬を管理してるおじいさんと少し話せた。
初めて聞いた遠野弁に食らいついて、馬が二頭いて、どちらもおばあさんなことなんか教えてもらった。
談笑した近くの足元に、古くなったホコリタケを見つけて、ボフボフして遊んだ。
後で調べてみればツチグリという種類とわかった。
その日最後の便のバスに乗って帰ったけど、最寄りで降りてから宿まで2,30分歩いた。
宿の浴場のサウナで、刺青の入ったおじさんと二人になった。
「パチンコやりますか?」から始まって、近辺で起こった未解決殺人事件を教えられた。
解体作業をするため、出張に来たらしい。つまり僕も彼もよそ者だ。いいパチンコ屋を知りたかったらしい。不思議なフォークロアだった。
御飯の量は前日より優しかったから、ビールが飲めた。お腹を壊した。
2024/03/14 遠野1
立川‐大宮‐仙台‐新花巻‐遠野。新幹線に乗った。撮り鉄がすごかった(後ろのホームに来た新幹線は全員スルーしていた、なぜ?)。
雪が降って、足元はビシャビシャだった。
観光案内所と遠野市立博物館に行って、地元のスーパーに行った。
シライシパンのコーヒーサンドと、酒粕がんづきと黒糖がんづきを買った。
シライシは盛岡の惣菜・菓子パンメーカーで、がんづきは岩手の蒸しパンのようなものらしい。
宿の迎えが来るまで、遠野八幡宮まで歩いて往復した。重機が境内を雪かきしていた。
宿の夕飯は素朴な和食で、量が多くて大変だった。 だからズモナビール(ホップ生産量一位の遠野で作られている地ビール)のIPAを買ったけど飲めなかった。
2024/03/12
某発明おじさんが、日記に表れるデリカシー(というレベル以上)の無さについて炎上していた。
最近、擁護の余地のない人(例えば京アニ事件の青葉)への非難が、まるで当事者として自分に刺さる。
今回の場合、彼の「インチキ創作をしている社会人失格の家庭破綻者」というステータスは僕にもきっちり認められる。
日記を公開しているということも。
これを書きながら、オモコロの昔話のラジオを聴いた。
今のクリーンなアイドル化路線に賛否はあるだろうけど、地下を抜け出せてりっぱだと思った。
2024/03/11 slowdive!
2024/03/10 
このサイトのロゴを作った。favicon ccというサイトで16×16pxのドットをマウスで打った。クラゲ、なかなかかわいくできた。
あと、シールを貰った。
ここにもペタペタ貼ってみる。
2024/03/09
日記の日付を間違えていて、修正したらこの日が現れた。
何の日?
手羽元からラーメン作ったことだけは確か。
2024/03/08
毎日日記を書くという制約を設けたつもりは無いが、なんかそうなってしまった。
どんな単語を使うか、類語を検索して、比べて、ひとまず進めてもすぐ戻って推敲したり…
日記に書く内容より日記を書くことのほうが大きな出来事になっている。
しかし、編集もアップロードも全部手打ちのど根性サイトだから、旅行に行くときには更新が途切れることになるはず。
2024/03/07 星取り機
平櫛田中彫刻美術館に行った。立派な和風建築で、平櫛の邸宅を改装したものらしく、 平常時なら庭園も見られるみたいだが工事中で叶わなかった。
今は春の企画展中で、美校・藝大の教授とあって作品は素人目にも力量が伝わるものばかりだった。 そういえば当時代の彫刻家・荻原碌山が授業で扱われたな、なんて思い出しながら回っていると、 残る展示室が一つになった。現在いる二階から、やけに厳かというか緊張感のある階段を降りると、 無骨な実験場といった風合いの地下展示室があった。
そこには、上階にあったようなよそ行き顔の作品じゃなく習作や原型があり、「星取り機」という機械の説明があった。
原型となる塑像の表面に点をマークし、コンパスのような星取り機をあてがって、
ある基準からその点までの距離を星取り機に写し取る。
それを今度は完成作品になるブロック材にあてがって、その点の深さに辿り着くまで彫る。
これを繰り返せば、ブロックは転写した星を頂点にしてできた3Dメッシュモデルのような物に変化し、さらに細部を仕上げることで完成へと至る。
面白いのが副産物として星にまみれた原型が残ることであり、そこには外縁部への遠心力がある。
完成品から転嫁された外側のマッスを抱えつつ、まるで全方向から星の光のレーザーを浴びた惑星かのように見えた。
これを見て僕は 橋本平八の「花園に遊ぶ天女」 という作品を連想した。この像の表面には花柄の線刻があるのだが、 それは天女を囲む風景としての花園が、肌に刻み込まれる形として表現されたものだという。
2024/03/06
朽ちていくアナログと違ってデジタルは恒久的かと思えば、むしろ時間の経過だったり老いを感じさせることが多くて寂しくなる。
2024/03/05 SSSS
2024/03/04
ソフトウェアのアップデート、とりわけOSのそれを避けるというのは古いのだろうか。
IT?職だった父親に「むやみにアップデートをするとマシンのスペックが足りなくなる」と教わった記憶がある。
当時はアップデートの印象は、ハードにおけるパラダイムが変わるような一大イベントで、
期待される一方敬遠もされていた気がする(幼かったので推測によるところが大きい)。
事実windowsの自動アップデートなんか疎まれていたはず。
ところが今、iosのアップデートなんかは気軽に行われているんじゃないか。
現在の最新iosは17で、僕が使っている古いiphoneSE(ios14)ではメルカリやXのアプリが使えなくなった。
ipadも更新してないので、例えばgithubのアプリが使えない。しかし今更アップデートすると、
数世代またいで一気に最新OSになって不具合が出そうなので、もうできない。
2024/03/03
今日の昼・夕食は同居人に作ってもらった。昼は天丼(ちくわ、なす、菜の花、さつまいも、紅生姜)で、 夜は天ぷらの衣の残りで作ったチヂミだった。美味しくてお腹いっぱいになった。 天ぷらといえば折口信夫のエピソードを思い出す。
「大正一〇年(一九二一)三五歳 三月、沖縄旅行から帰った柳田国男から話を二回に亘り聴く。 また、自宅で柳田の渡欧壮行会を催して天婦羅を揚げてもてなし、 柳田から「こんなに熱心に料理をする人の学問は大成するだろうか」と心配されたという。」柳田の粗食嗜好に対して、折口の悪食は対象的である。
―『古代研究I 民俗学篇1 (角川ソフィア文庫)』 折口信夫著
2024/03/02 DIY
お家になぞらえてサイトをつくったが、そもそもホームページやウィンドウという名称が与えられているということはそういう想定だったんだなと、今更気づいた。 増築の感覚でページを増やしているが、見切り発車で適当に書いたコード直す時が来れば、基礎工事のやり直しということになろう。
2024/03/01
眠ずに夜が明けてしまった。ちょうど今日はカービィのハッピーセット・第二弾の発売だからと、朝マックを買いに行ったのだが、
子供のおもちゃを横取りしているような気がして、道すがら既に罪悪感を感じていた。
店頭への道を遮るようにドライブスルーの列が這っていて、案の定店内も込んでいた。
うんざりしつつ待機列に並ぶが、レジがパンクしていてなかなか進まない。
そんな時ふと、自分がレジの待機列だと思って並んでいたのは、
支払いを済ませてテイクアウトの受け取りを待っていた客の塊で、本当の列はその向こうにあったのだと発覚した。
惨めな気持ちで出入り口を見やると、赤ちゃんを抱いた女性が入ってきたので入れ替わるように外に出た途端、
ストレスから開放されて、軽やかに帰宅できた。
もう寝ようかと思ったが、睡眠で一日が区切られるなら日記は書いてしまうべきか、などとだらだら考え続けた。
日記の内容について考える時間が長引くほど、今が撹乱されていくような心地がした。
2024/02/29 アニメーション空間の中の日本
2024/02/28 きゅうくつな人
2024/02/27 花粉症イニシエーション
花粉症になった。症状は、鼻水・目の痛みとかゆみ・喉の痛み・熱・全身の倦怠感・関節痛・頭痛。
風邪より少し重いような(コロナかも)。
花粉症の正体も、対処法も何も知らない。誰にでも起こりうる周期的な体調不良という点で、偏頭痛や生理に近いかもしれない。
そういうものは得てして純粋な医学療法・薬物治療のみでなく、
ローカルなコミュニティで教わったtipsやノウハウを使って過ごしているイメージが有る。
到来の予感が感覚的な経験値によっているし、完治しないので「乗り切る」しかない。
とりあえず市販薬を買った。
2024/02/26 覚書
snsじゃなくて閉じたメディアがいいが、 アナログの日記は書く気にならないから、個人サイトにした。 部屋に引きこもってても窓はついていて、光も射すような。 そのくらいの、ちょうどいい密閉空間になると嬉しい。